そう思いながら眠りについた。離岸流に運ばれて岸からだんだんと離されていくように、男女の仲が思いを告げたが故に疎遠になっていくように、カンダタが蜘蛛の糸を昇って極楽へと目指すように、現実が遠ざかっていくのを感じていた……。
しかしというか、やはりというか、糸はぷつりと切れた。これでは元の木阿弥だ、と切れた糸を無理無理たぐりよせる。雲を掴むような気持ちで。嫌だ、私はカンダタにはなりたくない、私に安らぎを!
私の願いも空しく、私は地獄の衆たちに奈落へと引きずられていった。
すると、こんな夢を見た。
私は布団から出て、洗面台へと向かった。電気は点けずとも外灯の光が漏れていて自分の手くらいは見えた。洗面台で私は鏡を見つめた。自分の上半身の映る鏡。そこで私はにいっと笑ってみせた。なんとも名状し難い、いびつな顔になった。それでも私は顔の力を緩めなかった。すると引きつった右頬から右目、額へと、砂の城が崩れていくように私の顔が崩れていった。それでも私は鏡の前で笑みを作っている。やがて右方は完全になくなり、左の額から左目へと崩れていく。左目が崩れる瞬間、私は思ったのだった。
「ああ、これで楽になれる」
と。
こんな夢を見た。
私の目の前で女性が泣いている。涙の理由は定かではないが、私は非常な自己嫌悪に陥っていたことから、私になにか原因があるらしい。女性は私の学生時代の恋人で、結局特になにがあったわけでもなく、なんとなく別れた人だった。その彼女が泣いていた。私は声をかけようと、必死に言葉を探していた。しかしどれも不適当な気がしてただただ茫然と落ちる涙を見ているほかはなかった。その涙を見ていると、どこからか愛おしさらしい感情がこみ上げてきた。私は黙って、そっと彼女を抱きすくめた。
その拍子に、彼女の首が転げ落ちた。
こんな夢を見た。
私は毛布にくるまって、横になっていた。とても温かく、とても気持ちが良かった。目をつむり、まどろみを迎えた。すうっと吸い込まれるように、安らぎの中へ身を任せた。完全に寝入るほんの一瞬、私は目を開いた。毛布が私の上で燃えていた。私は毛布をはねのけて、ゆらゆらと燃える毛布を見つめていた。
毛布はすぐに灰になった。
こんな夢を見た。
私は映画館にいた。スクリーンの中では、男が車で夜の高速道路をひたすらに走っていた。延々と続く道を、ただひたすらに。私はそれをじっと見ていた。男もじっと前を見ていた。車内には男がいるだけだし、道にも男の車以外はない。規則的に並ぶ外灯や標識を過ぎ、男は車を走らせる。私は次第に焦れてきた。いつまで経っても目的日につかないどころか、この高速道路から男は降りられないのではないか、と。しかし私の気持ちをよそに、男は淡々と運転をしている。私はやがて眠くなってきた。船を漕いでいると、突然大きな爆発音が聞こえた。
そのときの私には、どうでもいいことだった。
こんな夢を見た。
私は海を見ていた。周りには誰もおらず、空にカモメたちが飛んでいるだけだった。私は空で戯れるカモメたちをぼうっと見ていた。ふいに背後からカモメがもう一羽、飛んできた。私は立ち上がり、そのカモメを追った。しかしいくら走っても、距離は遠のくばかりだった。それでも私は走り続ける。走り続けても、カモメはすいすいと差を広げてしまった。波打ち際まできて、私は立ち止まった。
そのとき、私は泣いていた。
こんな夢を見た。
私は布団で寝ていた。真っ暗で、誰もいないはずなのに、なにか違和感を覚えていた。そうっと頭をドアのほうへ向け、じっと目を凝らしてみた。誰かがこちらを覗いていた。じいっと、視線を感じた。覗いているのは男なのか、女なのか、わからない。ただ視線だけを感じている。ゆっくりと目線を天井へもっていき、もう一度目を閉じた。すると身体の自由が利かなくなった。それと同時にえもいわれぬ恐怖感が私を支配した。助けてくれ!と叫ぼうにも、喉が引きつって声が出ない。身動きも取れず、どうにか目だけは開けることができた。眼球を動かし、ドアのほうを見た。
そこには誰もいなかった。
こんな夢を見た。
私は走っていた。夜の住宅街を、縫うように走っていた。かなりの速度で走っていたが、不思議と苦しさはなかった。かといって楽しいわけでもない。あるのはただ焦りのみだった。もっと速く!もっと速く!振り返ることもせずに、ひたすらに走り続ける。と、私は前につんのめってしまい、転んでしまった。ああ!南無三!私はぎゅっと目を閉じた。
そこからもう、起き上がれることはなかった。
こんな夢を見た。
私はとてつもなく喉が渇いていた。冷蔵庫からミネラルウォーターを出して一気に飲んだ。しかし渇きは増していく一方だった。どんなに飲んでも満たされることはなかった。それでも私は飲み続けた。ミネラルウォーターをどんどん飲んでいく。飲んではいるはずなのだが、その感覚がない。そうしているうちにも渇きは増していき、干からびてしまうのでは、と思うようになってきた。必死で飲み続けるも、その恐怖心は募るばかりだった。
ただひたすらに飲み続けている。
こんな夢を見た。
私は少し高いところにいて、下のプールが見下ろせるようになっていた。プールには男がひとり、溺れていた。助けてくれ!と叫び声が聞こえる。私はそれをただ見ていた。男は必死にもがいていた。私は手元のボタンを押した。押せばどうなるかはわかっていた。
男はプールの水と一緒に、どこかへ流され、吸い込まれていった。
こんな夢を見た。
私はバイクに乗っていた。ギアを上げ、ぐんぐんとスピードが伸びていく。道には誰もいなかった。速度はどんどん増していく。次第に怖くなり、ブレーキをかけようとするが、スピードは増していくばかりだった。死に物狂いでバイクを操作し、カーブを抜けていく。いっそのこと倒れてしまおうかとも思ったが、それは怖すぎた。そしてまた、カーブに差し掛かった。
今度は、ハンドルも利かなかった。
vipでテキストサイトやろうぜの企画「ムカデ人間」に参加しました。
次はナマケモノがテキストぱんちゃーさんお願いします。
「今度は、ハンドルも利かなかった」から始めてくださいー!