「わたしね、15歳になったら死ぬの」
僕が出したビスケットをかじり、アールグレイを一口飲むと、エマはおもむろにそう言った。エマはそのとき、じっと僕の目を見据えて、思わず僕は自分の分の紅茶を入れている手が止まった。
「いまいくつなんだっけ?」
「14歳と10ヶ月」
「あと2ヶ月しかないじゃないか」
「そうね」
外はよく晴れていて、窓から陽がたっぷりと差し込んでくる。あまり手入れのされていない窓の外は草木が無造作に生えているが、かえってそれが僕は好きだった。
「なんでまた――」
僕はティーカップを置いてエマに訊ねた。なんでまた、死ぬだなんて。
「これといって理由はないんだけどね。――ただ」
「ただ?」
「生きていてもしょうがないかなあって思っちゃって」
エマはビスケットの最後のひとかけを口に放り込んだ。サクサクという音がこちらまで伝わってくる。
エマと僕との出会いはいまから三ヶ月前の梅雨の時期だった。土砂降りのなか、仕事から帰ると玄関にエマがいた。雨宿りをしていると言っていた。僕はそのままにしておくのもどうかと思い、家の中に入れて、雨の止むのを待った。
「また来てもいい?」
帰り際、エマはそう言った。僕は曖昧に頷いた。それから彼女の気分次第でうちに遊びにくる(とはいえビスケットを食べて話をするだけだが)ようになった。
そのエマが、2ヶ月後に死ぬと言った。それは僕からすれば少なからず寂しいことだったし、たとえ思春期特有のメランコリックな心情によるものだとしても、それはそれで心配だった。
「ねえ」
ビスケットをさらにもう一枚、手に取ってエマは言った。
「生きていくのって楽しいの?」
僕はううんと唸って、紅茶をすすった。それから
「それは……生きていればわかるよ」
エマはクスッと笑った。全然答えになってないよ。
「あなたはいま、幸せ?」
「――幸せだとはいわないけれど、不幸ぶるのは柄じゃないからね」
「それって誰の言葉?」
「吉田拓郎」
「あなたの言葉で答えてよ」
「その質問にはなにも意味はないよ」
「なんで?」
「仮に僕が幸せだったとして、それが君の人生にはなにも影響はないからね」
納得はいっていないようだったが、エマはそれ以上質問するのをやめた。そして、またビスケットをかじった。
「わたしね、ビスケットが好きなんだよね」
「まだあるけど、食べる?」
「ううん、いや、遠慮しておく」
「なんで?」
「たまに、それに少しだけ食べるのがおいしいんだよ。いつも食べてたら飽きちゃうし」
僕は思わず笑ってしまった。
「2ヶ月後に死ぬのに、そんなこと考えてるの?」
それを聞いたエマもふっと笑った。
「あなたって、よく嫌な奴って言われない?」