「この世から暴力なんて無くならないからさ、まだここに暴力が無いうちに逃げ出そう」と僕は言った。
もうたくさんだ。
生きるために必要なことは諦めること。そんなこと、誰かが言ってたっけ。
あの娘の手を取り歩き出す。肌寒い、激しい雨の降る夜。
口笛を吹いても、その音色さえ雨音にかき消される。
あの娘は言った。
「あなたはまだ、虹を見たことがないのね」
そして手を離して、背を向けて消えていった……
この世に暴力なんて無くならないから、あの娘だけは汚されまいと思っていたけど、思っていたけど。
僕はひとりで歩き出す。傘はあの娘が持っていった。
結局いつもこうなんだ。
だから、もう逃げよう。ひとりでだって逃げてしまおう。
「流星の降る夜は、目をつむってなくちゃ」
いつかあの娘が言っていた。でないと、世界が見えなくなるらしい。
この激しい雨が、流星だったらどんなによかったか。
二人で目をつむって、それから……
僕の身体を濡らすのは
僕の体温を奪うのは
「さよなら」すら言わないで去ったあの娘。
雨はやまない。
僕は陽の目を見ない。
僕は虹を見られない。
いつまでも、いつまでも。
それでも僕は生きるよ。