彼女は言った。
「ねえ、来週の土曜日にパーティに誘われたんだけど、一緒にいかない?」
そのとき俺はひどく酔っていたし、おまけにやけに蒸し暑い雨の日だった。
「パーティ?なんの?」
「友達が婚約したんだって。それでみんなで祝おうってことになってさ」
「俺は行かないよ」
結局、彼女はほかの男友達を見つけて、そいつと一緒に行ったらしい。
パーティ当日の日、俺はシーバスリーガルをロックでチビチビ飲みながら、坂口安吾の短編を読んでいた。その日も気温ばかり高くて、気圧は低い、そんな更年期でなくても誰でもイカれてしまうような気候だった。こんな日に人と会いにいくだなんて、正気の沙汰とは思えない。カーペンターズだって歌ってたじゃないか。「雨の日と月曜日は憂鬱になるの」って。
玄関のドアが開いた。彼女だった。全身から酒と煙草の臭いを放ちながら俺に抱きついてきた。
「ねえ、なんで来なかったの?」
「行かないって言ったじゃんか」
「なんで行かなかったの?」
「俺はパーティが嫌いなんだ」
「なんで?」
「……質問ばかりだな。別に理解してもらいたくもないけど、中にはそういう人間もいるんだよ」
「わたしはパーティが好き」
「おおかたの人間はそうかもしれない、でも俺はパーティも人間も嫌いだ」
「わたしのことは?」
「好きだよ」
「人間が嫌いなのに?」
「なににも例外はある」
彼女はちょっとトイレに行ってくると言い、立ち上がった。俺は窓を開けた。
煙草に火をつけた。そのとき彼女が戻ってきた。
「ねえ、別れましょう」
「いきなりなんだよ」
「あなた、今日わたしがパーティに行ったこと、ほんとは嫌だったんでしょ?」
「そんなことはないよ」
「うそ!だって、男と二人で行くなんてどうかしてるって言ったって……」
「そんなことは言ってない。それに嫌なら嫌って最初から言う。そんな女々しいことは死んでもやらない。俺の信条に反するからね」
「そう……」
「どこの誰がそんなこと言っていたのかは、知らないし知りたくもないけど、そんな言葉をまんまと鵜呑みにするくらい信用がないって点では、別れることには賛成だ」
「別に信用してないわけじゃないよ」
「でも事実そうだろう?」
「ただ、付き合ってる意味がないって思っちゃって」
「意味?意味なんてないだろう。あるのは願望だけだ」
「わからない」
「だろうね」
「さよなら」
「うん」
ドアが閉まるのを横目に、俺は本を閉じてウイスキーを舐めた。
身体が火照ってくると、まるでそれが彼女の涙のように胸にざらざらと、鉄板に硫酸をかけたように、俺の心が焦がされていくのを感じた。そのとき、俺は彼女のことが好きだったんだなと、本心からそう思った。
別れてからその存在の大きさに気づくなんてことは、誰でも通る道だが、俺はこれでまたひとりきりを愛せるようになる。
ひとりきりでいるのが辛いから付き合っていたわけじゃない。単純に彼女が好きだから付き合っていただけだ。
彼女が去ったいま、やるべきことは感傷に浸って泣くことじゃない。やけくそになって知らねえ女と寝ることでもない。
俺はグラスとボトルを片付けて、睡眠導入剤と精神安定剤を飲んだ。
エビリファイ5mg、タスモリン1mg、レンドルミン0.5mg、デパス1mg。計7錠。
これで明日も生きていける。